アポリカ!通信 2024年1月:『Write here, Write now』

 今月は、書くということについて書いてみる。

 昨今の英語教育では、いわゆる『四技能』の指導が求められる。ここで言う四技能とは、聴く・話す・読む・書く、と区別されるコミュニケーション技能のこと。英検に限らず、英語の資格試験ではこの四技能が、各評価基準に基づいて数値化される。

 『聴きながら書く』とか、『読みながら話す』のように、複数の技能を同時に使うことは難しい。ある技能の別の技能に対する優位性は、状況によって異なる。例えば、インタビューや対話では、何よりも相手の話を『聴く』ことが求められるし、聴き方が上手ければ内容も良くなる。他方、一般的な入試(=出題者とのコミュニケーションと言われるが)においては、配点が高い読解問題を指して、何よりも『読む』ことが重要だと言われる。

 この『聴く』と『読む』という受信型の技能が上達すれば、入試で有利になるだけでなく、自分の認識できる世界が拡大する。無数の情報コンテンツが溢れかえるこの時代、自分の興味の赴くまま、好きなアーティストや活動家の言葉に触れることが出来るし、さまざまな業界の『最新』情報は、常に更新され続けている。ネットでの日本語ベースの情報量はほんの2~3%で、英語はその10倍以上とも言われる。英語を読んだり聴いたり、つまり受信ができるようになれば、職業や目的によっては有利になるだろう。もちろん、いわゆるインフルエンサーによる影響にも良し悪しがある(アメリカ議会占拠事件など)。塾業界にも、虚偽や極端に誇張された情報も多いので、方向性を見失わないためにも、リテラシーが求められるのは言うまでもない。

 本題の書くことについて書いてみる。書くという行為は、同じ発信型の『話す』ことと比べて、長い時間を掛けて、何度も反芻して言い回しを修正することができる。その代わり、書かれたものは文字として残るので、書き手の思考力が如実に顕れやすいと思う。自分の考えを書き表すということは、伝えたいことを発想して、語彙と文法を駆使して言語化、外部化することとも言える。

 先週土曜日の英検補講でも、英検3級を初めて受ける生徒がライティングに取り組んでいるのを見て、どれどれ、見せてごらん?と話しかけると、ノートを手で覆い隠してしまった。なるほど、慣れない英語での『作品』を見られる気恥ずかしさや、『間違い』を指摘される疎ましさなどがあったのかも知れない。それでも、大丈夫だよ、斯々然々と説得すると、手の下からとても綺麗な字体の英文が現れた。心を開いてくれたことに対して、でっかい花丸を付けて誉めて終わりたいところだけど、検定のために評価を数値化するのは野暮だが仕方ない。

 去年読んだ一冊、『まちがえる脳』(櫻井芳雄 著)によると、人間はまちがえることで、創造力、抽象的な思考力、さらに脳の機能回復まで、多くの恩恵を得ているらしい。間違えることは、人間がより高い次元で生きていくために必要不可欠なのだ。生徒たちの作文は、間違いだらけだ。添削すれば真っ赤になる。でも、色んな角度から、励ます。むしろ全く間違いのない完璧なライティングなんて、教育の場ではなんの面白味もない。間違えた分だけ成長できるから。むしろ『よく間違えたね! 素晴らしい!』と言いたい。

 一方で、まだ一部の生徒ではあるが、学校の宿題に生成AIを使い出しているのが垣間見える。何年か前には、Google翻訳が宿題に使われ出して困った。今までに数千回(そのうち桁が増えるかもしれない)ものライティング添削をしてきたが、その作業を通して、時代とともに変化する生徒たちの思考力や言語力を覗き見てきた。Googleが翻訳した英文を提出される度に、最初のうちは腹を立てていた(英語面の成長もないから)。試験本番でもGoogleを使うの?と。光強ければ影もまた深し、テクノロジーの功罪だ。

 同じ語彙をずっと使い続ける生徒も多い。同じ語彙を使っていれば、ミスはしないからだが、その先に成長はない。語彙には『語法』、つまり使い方がある。最初は誰でも語法が分からないから間違えるのは当然だし、むしろ積極的に間違えて(さらに指摘されて)覚えるものだ。

 Google翻訳は、生成AIに書かせるよりはマシかも知れない。まず日本語で発想して文章にまとめるのは自力でやって、それから翻訳を外部委託していたわけだし。しかし生成AIに至っては、「こんな文章をお願いしま~す」と依頼をするだけで、考えることを放棄することになる。それを添削することになる人間(わたしたち)の気持ちを推し量ってみてほしい。AIが書いた作文の添削もAIに任せ出したら、もう何がなんだか分からなくなるな…(AI採点を採用している英検協会も同感だろうか)。

 今週も、びっくりするくらいライティングが伸びた生徒が何人もいた。こんな(タイパ重視の)時代でも、書くことを後回しにせず、じっくり考えて書いてくれた生徒たちには、私も後回しせずに敬意と真心を持って添削したいと思う。大切な生徒たちには、(そこらの塾のような)誰でもできる『テンプレ指導』(←危険)はしない。

p.s. 今月もなかなかいいタイトルだと自画自賛…