(※画像はヒト年齢で15歳を迎えた愛猫です)
不思議なことに、ある言葉が同じ時期に繰り返し現れることがあります。アルゴリズムがもたらすフィルターバブルによるものではなく、「猫」とか「ごはん」といった日常的な言葉でもない。生活圏外の、非日常的な言葉です。
『革命』 ー 辞書(大辞泉)を引くと、以下の意味が載っています。
1:被支配階級が時の支配階級を倒して政治権力を握り、政治・経済・社会体制を根本的に変革すること。フランス革命・ロシア革命など。
2:物事が急激に発展・変革すること。「産業革命」「流通革命」
1の方は、自分自身、一度も経験したことがないし、憧れたこともありません。ただ2に関しては、今も(第何次目かの)産業革命を目撃しています。1のように血生臭いものではないけど、急激に進み過ぎて血の気が引く気がします。
そんな私の日常に『革命』が起きました。先週お問い合わせを頂いた区立中学の受験生と、三者面談がありました。英語の体験レッスンを希望されたので、レベルや内容の打ち合わせをしてから、後日レッスンを行いました。レッスン後、保護者の方に連絡をして感想を聞いてみたところ、帰宅早々、「革命!」と言って喜んでくれたそうです。革命…… かなりインパクトのある言葉にユーモアを感じつつも驚きました。一体どこが「革命」的だったのだろう。あえて理由は聞かなかったけど、とにかく無事入塾して頂けました。
この言葉を聞いて、2週間前に行った別の体験レッスンを思い出しました。私立中学の1年生で、be動詞と一般動詞という二種類の動詞に混乱してしまい、早くも英語に苦手意識を持ってしまったようです。要はこういうことなんだよ、とかいつまんで解説しようとした瞬間、ある言葉が頭に浮かびました。英語は難しい、という思い込みを払拭するような言葉。理解を遮る壁を破壊するような言葉。「いまから革命を起こすよ」ー 解説を終えた後、 「どう? 英語って簡単でしょ?」と聞くと、コクッと頷いてくれました。
レッスンの中での小さな『革命』ですが、こんな幸せな革命なら何度でも起こしたいものです。
しかし2週間続けて『革命』が起きるとは思いませんでした。今まで当たり前だったことが根本的に変わることを『革命』と考えるなら、 いわゆる『パラダイムシフト』みたいなものも、一種の意識革命と呼べるかもしれませんし、さらに個人レベルでの意識革命もあり得るのではないでしょうか。それまでの経験から当然だと思っていた常識が覆されることは、多感な時期ほど起きやすいと思います。
「革命!」の言葉を戴いた日に、たまたま好きなイギリスのバンドの動画を視聴していたら、あるファンのコメントが目に留まりました。
“the first time I listened to it, I experienced a kind of transcendence…… It was like… what did I just experience?”
「初めてそれを聴いたとき、ある種の超越的な感覚を味わったんだ……。「今、自分はいったい何を体験したんだ?」…という感じだった。」
なるほど、transcendenceか。ラテン語の trans(越えて)+ scandere(登る)に由来する言葉です。自分の認識レベルが、ある経験を経てグイン!と一つ上がるような『超越』的な感覚も、『革命』と同じような感覚かもしれません。しかも、「何を体験したんだ?」という一言が、体験レッスンともシンクロしている。不思議。
革命ついでの勢いで、我々が目指すプロ英語講師の特徴を挙げてみます。まずは指導範囲。全科目教えられる講師がいる塾で、「お前は英語しか教えていないじゃないか」と叱られないように説明させて頂くと、 「英語を教える」と言っても、その指導範囲は広いんです。フォニックスなどの音声指導、英会話(対話)・インタビュー・交渉・プレゼンテーションなどの実践的なコミュニケーション、さらに検定試験・学校の定期試験・模試・受験などの試験対策も『英語』に含まれます。さらに言えば、受験などの試験の中には、 語彙・語法、文法、読解、作文などに必要な知識や思考力、そして様々な技術が含まれます。
次に、指導対象年齢。未就学児から大人まで、仕事として一定期間継続して指導した経験がある講師は、業界に多くないのではと思います。先月のメンタリティの話にもあったように、学習者がどのような姿勢で学ぶかによって、成果は大きく異なります。そして、幅広い指導内容と対象年齢について蓄積された経験は、大きな財産になります。大局的に『俯瞰』して、この知識とこの知識を繋げてみようとか、この技術を伸ばすためにはこの練習方法が必要だ、とか、この年齢でこの時期にはこういう声掛けが必要だ、とか。さらにこの性格には、、、と考えると、目指す理想像は果てしなく遠い気がして眩暈がすることもあります。
「文法と読解だけ楽しく教えていればいい」と思っていたアルバイト講師の頃の自分。自分の英語力が高ければすぐに「良い英語講師」になれると思っていた自分。授業がうまい講師が「実力のある講師」だと思っていた自分。自分にも、何度か革命が起きていたことを思い出しました。『革命』という言葉に纏わる体験 ― 教育論だけではなく、偶然や運命、そして「成長から成熟へ」という人生論にも関係する話ではないかと思っています。今後も専心専意、謙虚に自分の道を着々と究めていきたいです。
追記:今、自習室で生徒から「この単語、どうやって発音するんですか」と聞かれたので、「『正確な』発音が知りたいのね?」と聞いたら、その単語は ‘accurate’ でした。不思議。






