アポリカ!通信 2023年9月:『International, Interpersonal, and a little Inconvenient』

 つい先月、仕事後の深夜のこと。自宅近くのコンビニでビールを買おうと、レジで会計をしていた。目の前でレジを打っていた若い男性スタッフは、名前と風貌から日本人でないことはすぐに判った。そのコンビニは、以前から外国人のスタッフが多いのだが、ただ外国人と話したいという自分勝手な理由で話しかけることはなかった。ところがその時はいつもと違って、彼のネームプレートにこんな一言が見えた。

「英語も話せます!」

 カタカナの名前のすぐ下に、手書きでこう添えてあった。

 会計中のわずかな時間に、考える。彼はなぜ、あの一言を書き足したのだろう。日本語で書いているということは、日本語がある程度読める外国人に向けたメッセージなのだろうか。それとも英語を話したい日本人に向けたメッセージなのだろうか…。気になる。

 普段なら、会計を済ませてすぐに立ち去っていただろう。しかし、夜遅いこともあって、後ろに並ぶ客はいなかった。財布を広げながら、考える。「英語も話せます!」の、最後の「!」の一文字が、不思議と自分に訴え掛けているような気がしてきて、思わず話しかけてしまった。

‘You speak English, then?'(英語を話せるんだね?)

‘Oh, yes. Do you?'(あ、うん。あなたは?)

 という感じで、カウンター越しに英会話が始まった。聞けば、彼はウズベキスタンの出身で、日本に来てからまだ1年ほど。都内の大学で国際関係を学んでいるらしい。私自身の仕事柄、まずは大学生活や学習内容など、真面目な話を聞いてみた。が、2, 3分もすると背後に客が並ぶのが見えたので、帰り際に何となく「日本のアニメとか、興味ある?」と訊いてみると、彼は笑顔で「No」と答えた。

 その後しばらくして、再び深夜にコンビニに行くと、彼はいた。すでに一度話し掛けているので、次も話さない理由はない。背後にお客さんが並ぶまでの『コンビニ時間』だが、日本での暮らし、カウンター越しに話し出すと日本人や日本文化などにも話が及んだ。話せば話すほど、お互いの考え方や価値観、人間性が分かってくる。彼は私にお釣りを返しながら(※このコンビニはセルフレジではない)、「あなたの英語は、今まで話した日本人の中で一番うまいよ」と、言葉のお釣りも添えてくれた。私が帰り際に、「次はウズベキスタンのことを教えてよ」と言ったら、彼は笑顔で「Yes」と答えてくれた。

 またしばらくして、あのコンビニにビールを買いに行くと(※『ギネスビール』を売っているコンビニは近所にここしかない)、彼はいた。学生の彼とこんなに遭遇するのは、どうやら夏休みで毎晩のように出勤しているかららしい。その夜は他に客もおらず、ビールコーナー辺りでいつもよりゆったりと話せた。聞くところでは、ウズベキスタンの主な宗教はイスラム教で、彼と家族もイスラム教徒。長男である彼は、日本で勉強もしながら、バイトで稼いだお金の一部を家族に仕送りしているらしい。いい話だね。

 これから何年くらい日本に住む気があるのかと訊いてみると、意外にも、来年アメリカに行こうかと考え始めているらしい。え、どうして?と訊いたところから、彼は少し真剣な面持ちで話し始めた。

 「…日本人は、みな表面的な付き合いをするね。当たり障りのないことを、笑顔で話す。喜怒哀楽を外に出さない。友達になったと思っても、それは変わらない。日本人は、友達とも表面的に付き合うの? 困ってるときは、助け合うの?」

 これは外国人によく言われる「日本人あるある」だ。『本音と建前』『相手を慮る気遣い』『空気を読みすぎる』『自分の意見を言えない』『気持ちに余裕がない』等が理由だと言われることが多い。もちろん、『英語力不足』の問題もあるだろう。

 それはこういうことだ思うよ、と自分なりの考えを伝えてみたら、少し納得したようだった。が、彼がアメリカに行こうかと考え出したのも、この辺の日本的な解りにくいコミュニケーションが大きな要因なのではないだろうか。確かに、アメリカ人はもっとオープンで、説明も多く分かりやすい(主張も多いが)。

 彼自身が、コンビニで毎晩のように働いていることも影響したのかも知れない。コンビニでは『効率』が強く求められる。余計な会話はほとんどない。そんな場所で、遠い異国の若者と出合い、『無駄話』をしている。深夜のコンビニで、会話もなく黙々と働いて、おそらく初めて会話らしい会話を日本人とすることで、故郷での暮らしのように、本音で仲間と付き合うリアルな関係を懐かしく思い出したのかも知れない。帰り際に、彼はこう言ってくれた。「You are the nicest Japanese person I’ve ever met」 彼のいまの境遇や感情が混じり合う、含蓄豊かな一言だ。Thank you.

 さて先日、ユウリカの高2女子が、ロンドンの大学に短期留学してきた。自分がかつて暮らしたロンドン。向こうでディスカッションをするかも知れないから、と事前に英語フレーズ集を授けた。帰国したばかりの彼女に感想を訊いてみると、スマホに撮り貯めた画像を見せながら、色々なエピソードを聞かせてくれた(やはりイギリスの食べ物だけは相変わらず、、らしい)。プログラムの一環として、ロンドンのカムデンタウンの長に会えたと言うので、どれどれと記念写真を見てみると、区長が(意外にも)『ヒジャブ』を身に付けていた🧕。イスラム系の移民が多いフランスなら話は解るが、自分がかつて住んだこともあるロンドンの、カムデンタウン(マーケットやライブハウスに何度も足を運んだ)の区長がイスラム教徒ということを知り、時代の変化を感じさせられた。

 一方、アポロンの授業でのこと。テキストには、広い世界の多様な文化が凝縮されている。英語圏はもちろん、アジア、北欧、アフリカ、果ては北極、南極まで。ターバン、ヒジャブをそれぞれ身に付けたサウジアラビアの家族が、休日に観覧車に乗って団らんする写真を見ながらディスカッションをすることもあった。極寒地の生活について話した時は、イエローナイフにワーキングホリデーに向かう予定のKY先生にも話が及んだ。こんな感じで、中学生の視座も海の向こうに広がりつつある。先週の授業で、生徒たち自身に『自己評価』をしてもらった。その結果を見てみると、10個以上の項目のうち、4人が共通して身に付いた技能として印を付けたのが、『意見を言うこと』だった。…うん、いい塾だ(自己評価)。

 また、ビールが美味くなるかな。